週末開拓民奮戦記

ハンドカット&セルフビルドのログハウス(86)

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2007年4月(3)(4/15)
今週も日曜日の日帰り。
kiiさんは風邪気味で喉が痛くバテているが、山の様子も気に掛かるらしくドライブがてら出かける。
途中、野菜やタケノコ、花苗などを買い込み野迫川へ。
水仙がたくさん花開き、桜も咲き始めていた。
先週はちらりとも咲いていなかったのに、マメザクラに吉野、十月桜も美しく咲き誇っている。
特に十月桜は、こんなに美しく咲いたのは初めてというぐらいに素晴らしい。
kiiさんのお気に入りの思川はまだだったが、来週辺りは開花するだろう。
ようやく山にも春がきた...。

昼ごはんを済ませ庭巡りをしていて驚いた。
今週辺りは花穂が伸び、水仙をバックに、それは綺麗に映えるだろうと心待ちしていたムスカリがない。
畳4〜5枚分にぎっしりと増えていたムスカリの、花も葉もまったく見当たらないのだ。ムムム、齧られている。
リュウキンカもどき、アヤメ、シャク、エゾノリュウキンカ、アシタバ、斑入りアマドコロ、オオバギボウシ、ヒマラヤユキノシタも被害甚大である。
これでは汗水垂らして親切に、彼らの食料を作っているようなものではないか。
水仙とクリスマスローズ、スズランだらけにしなければならないかと考え込む。
どうも日帰りの続く週に被害が多いのは、私たちの匂いが薄れるからか?
犬の気配は嫌うらしいが、住んでいないことには飼うことができない。
はてさて、カモシカには如何なる対策を講じるべきか。

薬を飲んで眠気に誘われているkiiさんはそっとしておいて、私は走り回る。
買い求めてきた白花のライラック(一株あるのだが最近元気がない。)を植え、その株元に白花シランを植える。
草を抜き、ミョウガもセッセと植え込みつつ、合間にタケノコを調理する。
「手がもっとほしい」は通り越して、「分身の術願望」の季節がやってきた。

2007年4月(2)(4/8)
仕事の絡みで土曜日は野迫川に入れず、日曜日の日帰り。
今週の開拓民は目覚ましい進捗状況をご報告できない。
kiiさんは少々疲れているし、国民の権利を行使しないのはよくないと、選挙の投票を済ませてからゆっくりと出かける。
いつも不在者投票をしておくのだが、今回はしそびれていたのだ。
私ときたら「日帰りだとどうせ何も出来ないし、飲料水確保目的と決めて、今日はゆっくりしようネ。」と言いながらも、あれこれ頭の中で作業の算段をしているところが恐い。
おまけに途中の道の駅が、遅くなることに拍車を掛けた。
そろそろ花の市が立つころだから、その頃になると寄ってほしいと以前から頼んでいたのだが、たまたまこの日。
kiiさんの渋い顔を他所に「ウフフ...。」
桑・シャクヤク・ハーブ。10株ほどに増えていたボリジが昨秋無残に。仕方なく2株買ってきた。 白系のシャクヤクを3株買う。
周囲の人は同じ色をどうして3株も買うのだろうと思ったのか、怪訝そうな顔でジロジロ見ている。
彼らの手元を見ると、ボタンやシャクヤクの様々な色が...。
私は同一品種で多色を植え込むのはあまり好きではない。人それぞれなのにね、と独りごちる。
そういえば桑はないかとkiiさんがキョロキョロ。関係者に尋ねると「ありますよ。」
成っている実を見て、変だな、これで大きくなるのかと一瞬疑念が過ったが、まぁ桑には違いないだろうと2鉢を買い込み、一路野迫川へ。何処に植えようかと、道中の話も弾む。
その道の駅には野菜も置いてあり、旬の葉付き玉ねぎがどっさり。
食べ方を知らない人も多いようで、手にしたものの置いてしまいあまり売れていない様子。
二束ほど買おうと手に取っていると、「葉も食べられますよ。」と施設の管理者から声がかかる。
「ハイ、美味しいですよね。」と答えると、「どういう調理をされますか?」
kiiさんの呆れ顔を見ながら、またまたそこで食べ方講習会が始まる。
フムフムと聞いていたおじさん、レジの所でなにやらゴソゴソはじめる。
覗き込むと、“美味しい食べ方”と大きな紙に書いて張り出そうということらしい。
これで売れると踏んだか、私を振り返ってニンマリ。
レシピをこんな風に使うなら、葉付き玉ねぎ一束分ぐらいは講習料としていただたいてもいいのではと、心の内で呟いたが、そんなことは勿論おくびにも出さず、上品そうにニッコリと笑い返した私である。

野迫川に着いたらもう昼前。早めの昼ご飯を済ませて庭を散策。残念ながら桜はまだ咲いていなかった。
谷からの水の流れが細くなっていて、この週は雨がきつかったのを予想させるが、パイプが土砂で詰まりでもしたらと気に掛かる、kiiさんは700m先の水源へ。山暮らしは何事においても管理責任は自分自身ということが多い。
点検、調整、掃除などは時々行っているが、雨の後などはこんなアクシデントが頻繁にある。
不便・不自由をこなさなければならない生活だからこそ、経験から知恵がうまれるというのもまた然りである。

掘り上げてあるミョウガを少しでも植えておかなくてはと、90センチ巾の畝を二畝片付ける。
まだまだ終わりが見えないのが辛いが、芽が動き出しているので、尻叩きの刑を受けているような強迫観念に駆られている。ブラックベリーを5株、桃や桑も定植する。

そろそろ、休憩しようかと言っているところに、村の福田さんご夫婦が来訪。
お住まいは大阪だが、この村出身の同年代のご夫婦で、仲良くさせていただいている。
最近よく帰郷されているのだが、冬場はほとんど来られないのでほんとうに久しぶりの再会だった。
コーヒーを飲みながら話が弾む。お二人の元気なお顔を拝見して嬉しかった。

ところで桑だが、帰り際にふっと思い出す。これって低木性の「鈴成り桑」ではないかしら?
私は「大実桑」が欲しかったのだ。
桑は東洋医学で清肝剤といわれるほど肝臓への効果が大だと聞いている。
お茶にすることが一番の目的なのに低木では意味がないじゃないか...。
次目的のジャムにするにも、実が小さいのでは手間が掛かるだけでイマイチだ。
「まぁ、「大実桑」はいずれ手に入れるとして、お茶作りには手っ取り早く間に合いそうだよ。」とkiiさんは暢気である。
「でも、どうせ思い出すならもう少し早くに、そう、買う前にして欲しかったね。」と厭言もしっかり忘れない。
取りあえず、希望通りではないにしても桑が仲間入りしたことで、念願の三つのお茶「スギナ、ドクダミ、クワ」が自家調達できることになる。早く大きくなぁれ!
花たちを覗き込んでいるkiiさん。 土手の水仙もチラホラ咲き始めた。
このエリアも秋から冬に掛けてイノシシ連に手ひどく扱われたのだが、思ったよりたくさんの花芽を上げているので喜んでいる。

花たちのご機嫌伺いをしているkiiさんの顔もほころんでいる。
野迫川も大事、仕事も大事。こんな風に作業が進まないときもあるけれど、、また頑張ればいいさ。
さて桜はいつ咲くか...。

2007年4月(1)
今回はログの作業を中断して、ミョウガの植え替えを敢行する。
二年ほど前からミョウガの出来が悪く、そろそろ根切りと植え替えの時期かとは思っていたが、昨年も諸事に追われて果たせず、今年は何が何でも農関連の最優先事項になっていた。
なにしろ、ミョウガご飯の美味しさに填まったら、使うミョウガの量は半端ではない。
ボール一杯ぐらいのミョウガはあっさりと消費されてしまうのである。となると自分で育てなきゃ追いつかない。
そうそう、夏のサラダにも欠かせないし、いずれ柴漬けも漬けたい。
我が家にとってミョウガは不可欠で、それも「単なる薬味」ではないのだ。
昨年から花友達の妙子さんが植え替えに名乗りを上げてくださっていたが、そこに三重の竹泉さんご夫婦も参加してくださって、いよいよ懸案のミョウガ植え替え大作戦を挙行する...。
土曜日の朝一番に片付けたい台所仕事が幾つかあるので、金曜日の夕刻に野迫川入りする。
お久しぶり!!はじめまして!! 土曜日は早朝から目覚め、お昼ごはん用のお菜を幾つか作っているところに、早々と妙子さんご夫婦が到着。
追いかけて竹泉さんご夫婦も着かれて、コーヒーを飲みながら暫し歓談する。
雨の予報があり心配していたが、「晴れ男を連れて行きます。」との竹泉さんの言葉通り、見事な晴れ。外部の仕事には暑すぎるぐらいでも、晴れは何よりも嬉しい。日が翳るとひんやりする山は、桜の時期がまだ少し先で、咲く花も早春のもの。
わいわいと話しながらの庭の散策も楽しい。

杉枝やはびこる蔦を処理する さて、いよいよ作業に取り掛かる。
この杉はいずれはまた伐採するのだが、取りあえず、この杉林の中までミョウガ畑を広げてこようという計画。
まずは落ちている杉枝などをかき集めて一箇所にまとめるだけで大仕事。大方片付いたら、耕して荒仕事をするのは男性陣にお任せで、女性陣はミョウガを掘り上げる作業。
杉枝やはびこる蔦を処理する
これが、時間が掛かるのである。幾重にも重なって走るミョウガの根を掘るのは結構大変で、それでも三人で話しながら出来るのはいいものだ。一人でこの作業を延々と続けていると、かなり気が滅入りそうである。
見たところ、親根はかなり傷んでいるようで、新根や子根がかろうじて元気なのが救いだが、昨年すべきだったとつくづく思う。
楽しみは昼ごはん♪話が弾む 昼はとっくに過ぎて、「お腹がすいた、倒れそうだ。ご飯にしよう。」と言っているところに竹田さん一家が来訪。
全員で手分けしてお昼の段取り。今日はメインがバーベキュー。
天気がいい日の外(そと)食は、バーべキューが美味しい。
食卓にはこの季節だけのカンゾウのヌタをはじめとして、ナムル、キムチなども。
男性諸氏はなにやら難しい話も...。
そこへ奈良の田中君が到着。コンテナ材を運んできてくれたのだ。
田中君、いつもありがとう!! 「丁度いいところ。これからご飯だから...。」「食べてきた。」「エ〜ッ」
急にきたら悪いけれど、でも気を使わせたり作業を遅らせたりしたくない。居なかったら勝手に下ろして帰ればいいと、これは彼流の心遣いである。
(40年来の付き合いである彼だから通ること。他の人の不意打ちは固くお断りですぞ!)
暫時歓談して田中君は帰路へ。サッと来てサッと帰るのもいつものパターン。
ありがとう!!

手際のよさに見とれている。 食事の後は散策しながら休憩した後、また作業へ。
←竹泉さんのご主人の手際のよさに眺めいっているところ。
                      竹田さんは黙々と釘抜き作業→
皆さん、有難うございました。
ほんとうにお疲れ様でした。感謝!!
黙々と釘抜き作業中
「コンテナのバラシは、鳥の声を聴きながら、桜の下で...。」
kiiさんが陽だまりでコツコツ解体の図をご想像あれ。でも少しは手伝わないと可哀想かな...。

ところでミョウガだが、これから先はまた一人作業になる。
数年は収穫できないかもしれないが、それでも「もっと一面のミョウガ畑」を夢見て、せっせと励むことにする。
kiiさんは残りの畝立てを少しぐらいは手伝ってくれるだろうが、ログ造りに早く戻してあげなければならないから、あまり充てにもできない。

岩ガラミ、アジサイ、椿などの苗木も、70本ほどが山への定植を待っている。
ヒメシャガも植え替えなければかなり弱ってきている。芽が動き出したのでこれも急務である。
雑草はどんどん育ってくるし、這いずり回って声も出ないほど疲労困憊になる日々が目の前に迫っている。
作業は満載てんこ盛り、食事を作る気力も失せ、昼には握り飯をかじるだけ、夜はロフトへの階段を這って上る。
植物をいとおしみ育て、或いは農事に携わっている人は頷かれることだろうが、虫も雑草も大嫌いだから花も嫌い、などというご仁には到底理解できることではないだろう。
いったい何をしているんだろうと、毎週繰り返される同じ作業への虚しさに今年も自問する筈だ。
週末だけしか手を掛けられないという悲哀もそこにはある。
草引きを一週おろそかにすると、都合二週間が空白になるのだから焦る。
それで、ブヨと戦いながら、髪振り乱し、汗まみれになるという訳だ。
そんな週末の積み重ねを経て、はじめて花咲く季節が楽しめるのだが、人はただ「優雅な生活だ。」と錯覚するらしい。
それを云々する気は毛頭ないが、目に見えない地道な努力があって、花たちははじめて生き生きとその個性を輝かせるというものじゃないか。

かの有名なシシングハーストの庭園を造ったヴィタ・サクヴィル=ウェスト女史の著書「あなたの愛する庭に」の中に“怠け者園芸家”の男性の言葉が載っている。
「怠け者の園芸家には、庭を眺める時間と気持ちの余裕があるが、一方、活動的な園芸家には仕事があるだけで、忙しすぎて楽しむ余裕がない。」
私は園芸家などという大それたものではないが、花好きの端くれとして怠け者でないことだけは確かである。
それは週末作業人としての規制のなかでは仕方がないことなのだが。
でも、時々その怠け者になってみたい気がしてならない...。


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