つれづれなるままに |
2005年10月 |
10/11 | 男(おとこ)的?女(おんな)的? |
「お宅はよく出かけられますね。」「いつもご一緒なんですか。」 「よく荷物の積み下ろしをしてますね。」 新しい住まいになってから、時折こんな言葉を掛けられる。 「週末は山へログハウスを作りに行っているので...。」と言うと、「アァ、それで...。」と納得のいった顔をされる。 以前はテラスハウスで隣近所の軒数も少なく、私たちの週末の移動も目立たなかったのだが、今は、毎週土曜日になると食料品などを車に積み込む姿が目につくのかもしれない。 軒数が多くなった分、人の目も煩わしくなってきた。 マンション形式の住まいになってからは、朝も8時前に荷物を積み込むのも遠慮しているし、私たちとしてはかなり気遣っているつもりなのだが、それにしても、本人よりも克明に、見ている人はいるものだとつい笑ってしまう。 人の目があるということは、安全性が高いことにも繋がってありがたいと思う反面、動向調査をされているような不快感も拭えない。 私なんぞ、他人のことなどまったく気に掛からないほうだから、つい、「ほっといておくれ...。」と声にならない呟きを洩らしてしまう。 暇なご仁が多いものだと内心呆れ返っているが、先の言葉が男性の口から出た時にはかなり驚いたものだ。 確かに身近にも、竹を割ったようにスッパリとしてた男的(といわれる)要素が強い女性もいれば、閉口するような女々しい男性もいる。 ところで、なんで女々しいなのか。 女々しいと女を重ねるところが封建的男社会を作り上げた男の横暴だ。そうじゃない?とkiiさんに噛みつく。 「女々しい」という言葉には「難局に身を挺して立ち向かう勇気に乏しくて、危険や困難に出会うとすぐくじけてしまう様子(おもに男性の態度について言う)(新明解国語辞典)とある。 雄雄しいには「普通なら避けたいと思う危険や困難に勇気を持って立ち向かう様子」(男性の理想的な姿を形容する語)とある。 女は難局に立ち向かう勇気がないのか、困難なことに遭遇したら布団の端を噛みながら泣き寝入りするのか、イジイジ、ウジウジしているのが女なのか!? 女々しい女が戦争を起こすか...戦いを起こすのはいつも雄々しいとされる男じゃないか...。 雄々しいのイメージには愛するものを守る強さを感じるけれど、それは男にだって女にだってあるものじゃないの。 話はエスカレートしてあらぬ方向に進む。 以前に読んだ「話を聞かない男、地図が読めない女」の中で、あなたの性格は男的か女的かというテストがあった。 いたずら半分に○×を付けていったら、私は完璧な男的性格と出た。 kiiさんについても、それとわからぬようにこっそり調べてみたら、男的性格だったから内心ホッとした。 我が家には男性一名と女性を装った男性が一名、計二名の男性が暮らしているのかと大笑いしたものだ。 勿論そんなテストなど、血液型診断と同じようにまったく信用していないが...。 「男は元来弱いもので、弱いからこそ強くあれと言われてきたんだと思うよ。強いものなら強くあれなどと言い続けられる必要がないじゃない??男は弱く女は強いものさ。」とkiiさんはいう。 「女性は優しくあれと言うのは、女を封じ込めようという男社会の横暴なんだ。結局のところ男社会を維持するために女を押さえ込んだ封建制度の名残を、いつまでも後生大事に守っているんだ。男女平等だって、平等なら平等を叫ぶ必要はないのだからね...。考えてみたら、優しい=弱いに転化混同することは、女にとっては一見 楽≠ナ、男にとっては都合がよかったのでしょうよ。」最近、男女差別の有様を身近で見ている私は、少々怒っているのだ。 「マア、怒りはその辺で。そんな男共が社会を牛耳っているにしても、そうではない男たちもたくさんいるのだから。」 とkiiさんはなだめ役である。 男・女がそれぞれの特性を生かしながらお互いに尊重しあい、評価される世の中にならないと、平和な社会とは言えないのではないかと、ふっと考えた山の秋の夜長であった。 |