つれづれなるままに |
2003年9月 |
9/04 | 先達たち...。 |
2002年秋のある日のことだったが、以来、心の中にあって消えない思いがある。 台風が近付いて吹き降っていたので、台風情報を知るために、その朝は珍しくTVのスイッチをONにした。リモコンを動かしていたkiiさんの手がふっと止まり、「ビデオテープはどこ??」 怪訝な面持ちの私になおもせわしなく、「早く早く!!」と叫ぶ。 「keiさん、見てご覧よ!!」」 朝からTVの前に座る時間はないのに...。と内心呟きながら見やった私も、ついその番組に釘付けになったのである。 それは山口県のとある山中で、自然の中の暮らしを楽しまれている老いたご夫婦の話だった。 その山の生活を始められたのは昭和21年。三人の娘さんもここで生まれたという。 厳しい山の暮らしをいったん断念して昭和36年に大阪に移住、子育てを終えた後、昭和54年に再び山に戻られたのだとか...。 決して上等には見えない小屋に、寝室は古びたバス。 家財もささやかで、衣類も贅沢ではない。 山からの水で洗い物をし、日が暮れたら眠り、夜が明ければ畑作りを楽しむ...。 電気も電話もない。 山と畑からの恵みを戴き、「二人で仲良くいれば、他には何も要らない。」と言う。 その自分流の慎ましい山の生活に、私たちは心が震えるのを止められなかった。 「先達たちだね...。」 どちらからともなく、深い吐息とともにそんな言葉が口をつく。 「南仏プロヴァンスの・・・」 のような贅沢なカントリーライフは、私たちの乏しい経済力では望むべくもない。 もっとも、荒仕事だろうが何だろうが、自ら手を出さなければ気がすまない性分の私たちのことだから、かの生活を羨ましいとも思わない。 家や庭造りを人の手に委ねるのも一つの方法なら、ハンドメイドが楽しいと考えるのも其々の生き方だろう。 田舎暮らしに、こうでなくてはならないという基準などない。 十人十色の田舎暮らしがあるはずなのだから...。 勿論Tさんご夫婦と私たちの山の暮らし方にも、共通項もあれば大きく異なる部分もある。 ただ、このご夫婦の生き方には、カントリーライフの原点を見せていただいたような気がする。 余分なものを削ぎ落として、自然の中で呼吸をし、自然からの恵みで生活したい。 私たちが目指している山の暮らしに近いものがここにある。 娘さんたちは、老いて弱ってきた親の身を案じ、大阪で一緒に暮らすことを提案するが、親には親の思いがあるようで、山から離れようとしない。 「ここの生活が好きだから...。」と、お二人の全身がそう物語っているような気がする。 多分私たちの選択も同様だろうから、双方の気持が痛いほどに解かる。 23年の間には、おそらくいろいろなことが通り過ぎて行ったのだろうが、穏やかな表情の中にすべてを包み込んで...。 なんと、いい笑顔だろう。 「ふたりで山の中のほうがいいなあ。」「好きなようにできるけえ...。」 そして、89歳と85歳になられたお二人は、ご主人が心臓を弱くされたのを機に近くの町のホームに移り住む。でも、「やっぱり山がいい。」と、車で30分を掛けて山に通っている。 なにもしなくていいという暮らしは性に合わないのか、それとも山が呼んでいるのか...。 折に触れてはあのご夫婦を思い浮かべる。 どうされているだろうか...。あれからまた、一年を重ねた。 「親が大阪に来てくれないなら、私たちが山で暮らします。」と話されていた娘さん夫婦と共に、今日も山の空気を吸っておられるだろうか...。 ご健在でお過ごしくださいと祈らずにいられない。 |