つれづれなるままに |
ロケ隊がやってきた!! |
7/03 | ロケ隊がやってきた!! | ||||||||||||||||||||||||||
4月20日の山菜パーティにドッキングした催しは、長らく緘口令が敷かれていたのだけれ どようやく解除になった。 緘口令は5月いっぱいと言われていたから、とっくに公表してもよかったのだが、企画中止 になることだってないとは言えないと石橋を叩いたのである。 (コーディネーター氏のお話によると、以前にそういうこともあったらしい。) 実は三共鰍フ企業広告に使いたいとのことで、テーマは「建てかけのログの前で作業をひ と休み、談笑している元気な中年たちの図」である。 広告媒体は新聞・雑誌・ポスター・インターネットそしてラジオCM。 一年間、思いがけない所でお目に、或いはお耳にかかることがあるかもしれない。 (日経コンピューターの別冊に掲載されているものを「時の旅人」さんが談話室に貼ってくださっていますので よろしかったらご覧下さい。) 電話やメールでの段取りが続いたあと、コーディネーター氏が4/14野迫川入りし、当日の 出演者(?)や予定などの綿密な打ち合わせをする。 撮影は、たまたま企画していた山菜パーティの日以外に人が集まるのは難しく、当方の 無理も聞いていただいて、パーティ当日の20日土曜日にしていただいたのである。
19日、東京から関西空港経由で電通の7人のスタッフが野迫川へ。 機材の搬入やセッティング、撮影場所のチェックなどテキパキと作業されるのを見ながら、 初めての体験で知らない世界だったけれど、それぞれが大変なのだなあと実感する。 引き受けはしたものの、私たちも少しずつ緊張感が高まってくる。 山の4月とは思えないほどの暑い陽射しに汗ばみながら、最高の天気が前日にきてしまっ たと残念がる。 明日の天候を全員が気にしながらスタッフは宿舎に、私たちはパーティの食材準備のため 帰阪する...。 翌日の本番はあいにくの曇天で、時折陽が射す程度。 野迫川倶楽部の予定は10時から30分間を前の小川の清掃に当て、1時間半で準備、 12時に山菜パーティの開宴予定である。その中で天候を見ながら撮影ということになる。 清掃は撮影スタッフの協力があり、あっという間に終る。 (当日のクリーン作戦・パーティ準備風景・山菜パーティ風景は「パーティしましょ!!」を ご覧下さい。) パーティの参加者11名に、ラジオCM担当の方達も合流して11名になったスタッフと、総 勢22名の昼食光景は実に壮観であった。
出演者はご近所で同じような山遊びをされている方達やまれびとさん、Tさん親子、特別出 演のまれびとさんの愛娘嬢、そして私たち...。 まれびとさんは中年ではないから、組み入れられることにはかなり抵抗があったらしいが、 そこのところは強引に押し切らせていただいた。 パーティにドッキングのはずのロケ隊だったけれど、いつしか逆になり、協力体制も整って (半ば諦めか...。)、何度もかかる撮影召集に酔うに酔えず...。 ロケのスタッフも、何とも申し訳なさそうに声をかける。 笑い声と和やかな雰囲気の中で、撮影は順調に進む。
撮影とパーティの間を縫って、kiiさんと二人でラジオCM用のインタビューと音撮り。 2台のマイクが気になって話せない私たちを気遣い、リラックスさせてくださるが、声はうわ ずり冷や汗がタラリ。 場所を外に移しての音撮りでは、全員がシーンとしているところに私たちの声だけが響き 渡り、恥ずかしいの何の...。 スチール写真の撮影は仲間たちが一緒だったから、照れくささもいくらかは和らいだのだ が...。
「初めてのことで緊張もしたけれど、いい体験をさせていただきました...。 当日のパーティ参加者の皆さん、撮影スタッフの皆さん、ほんとうにお疲れ様でした。」 近いうちに、慰労の「お疲れ様パーティ」をしなければと思っている。 後記
届いたラジオCMは、音もまとめ方もとてもいい仕上がりで、さすがプロの仕事だと感じた。 私たちはといえば、恥ずかしさが先に立って平気な顔をして聴く勇気がない...。 実際にラジオから流れてきた時には、ズルっと転んでしまうのではないかと思う。 CDと一緒に送ってくださった写真を肴にして、話に花を咲かせるだろう...。 Sさん、ありがとうございました。 掲載誌が届いて、改めてプロの仕事に感嘆詞。 届いたのは「株主手帳」と日経BP社刊の「Zen」。 「株主手帳」という雑誌にはとんと縁がないけれど、裏表紙というのは光栄である。 この先、いずれかでお目にかかることがあれば、野迫川で頑張る中年たちを思い浮かべ てくださいね。 |